資料番号 | 10700 |
資料名 | 富士山真景全図
(ふじさんしんけいぜんず) |
作者 | 歌川貞秀(橋本 貞秀) ![]() |
時代 | 江戸 |
時代詳細 | 嘉永元年(1848) |
形態・用途 | 紙本木版多色摺 縦91.4 横95.4 |
場所 | 富士 |
解説 | |
鳥瞰図(ちょうかんず)的な構図費秀でていた貞秀には、富士山を描いた作品が数多くありますが、これは富士山をほぼ火口の真上から描いた図です。よくみると火口にはもう一枚の紙が折り畳まれていて、引っ張ると立体的に立ち上がる仕組みになっています。また画面左の山麓辺りにはもう一枚紙が張ってあり、それをめくると洞窟が現れ、胎内巡りをする人々が描かれています。これは富士登山の行程のひとつである「胎内巡り(たいないめぐり)」を描いたもので、当時の人気の程が伺えます。 |
歌川貞秀(橋本 貞秀) (うたがわ さだひで(はしもと さだひで))
文化4年~没年不明(1807~)。橋本氏、名は兼次郎。初代国貞の門人で作画期は文政9年から明治8年頃まで(1826-1875年)、画号には貞秀、玉蘭斎、五雲斎、玉翁などがあります。慶応2年パリの万国博覧会の出品し浮世絵師の総代をつとめ、明治元年の絵師番付では1位となります。