資料番号 | 10707 |
資料名 | 東海道五十三次之内 沖津 児雷也(瀬川菊之丞)
(とうかいどうごじゅうさんつぎのうち おきつ じらいや(せがわきくのじょう)) |
作者 | 歌川 国貞(三代 豊国) ![]() |
時代 | 江戸 |
場所 | 沖津 |
解説 | |
草双紙『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつたん)』に登場する義賊「児雷也」です。本図は嘉永5年(1852)初演の『児雷也豪傑譚話』より少し前に制作されており、役者は、既に故人であった五代目瀬川菊之丞(せがわきくのじょう)が選ばれています。国貞(三代豊国)の見立てた「児雷也」のイメージは、菊之丞が最適だったのでしょう。 実際の宿場名は「興津」ですが、画題は音を通わせて「沖津」と書かれ、画題枠には「波」が描かれています。つまり、「沖つ(興津)白波(盗賊)」と二重のイメージが掛けられているのです。 これは『役者見立東海道五十三駅』というシリーズです。 このシリーズは、全部で一四〇点確認されています。 作者は三代豊国、とても人気の高かった絵師です。 背景には宿場の風景が描かれており、手前の人物は、 宿場と関わりのある歌舞伎の登場人物です。 また人物は、有名な役者の似顔絵で描かれています 。 |
|
関連資料 | 役者見立東海道五十三駅 ![]() |
歌川 国貞(三代 豊国) (うたがわ・くにさだ(さんだい とよくに))
天明6年~元治元年12月15日(1786~1864)。角田氏、俗称庄蔵、弘化2年剃髪後肖造。初代豊国、英一珪の門人で二代豊国を自称しますが実際には三代。他に一雄斎、五渡亭、月波楼、琴雷舎、香蝶楼、一陽斎などの号があります。作画期は文化4年(1807年)から没年と長く、北斎、広重をしのぐ人気を得、浮世絵界始まって以来の作画量を記録します。幕末期随一の巨匠。得意とする領域は広範に及びますが、猫背猪首型の美人画が特徴的で「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」が著名です。