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資料名 建保元夏五月 和田大合戦
(けんぽがんなつごがつ わだだいがっせん)
作者 歌川 芳員 詳細
時代 江戸
時代詳細 安政2年(1855)
解説
 頼朝の死後、鎌倉幕府は13人の御家人等による合議制となりましたが、正治元年(1199)に梶原景時が弾劾され翌年死去します。建仁3年(1203)に比企能員が比企の乱を起こして失脚するなど、合議制が崩れていき、ついに侍所別当であった和田義盛も執権北条義時と不和が生じて、幕政を揺るがす和田合戦へと発展すると、義盛は戦死し、一族は滅亡しました。

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