資料番号 | 10383 |
資料名 | 東海道五十三次之内 坂の下之図
(とうかいどうごじゅうさんつぎのうち さかのしたのず) |
分類 | 江の島一ノ鳥居・大鋸橋付近を描いた作品 |
作者 | 歌川 国貞(三代 豊国) ![]() |
時代 | 江戸 |
形態・用途 | 書画 |
場所 | 坂の下 |
解説 | |
中判縦1枚 縦25.6 横18.3 製作時期:天保10年頃(1839)。板元:佐野喜(佐野屋喜兵衛) 本図も背景は広重の保永堂版東海道の引用ではなく、『東海道名所図会』巻ノ二より「坂の下の駅には大竹小竹とて大きなる旅舎あり…」を参考にしていると思われます。 描かれている大きな建物は大竹屋本陣(小竹屋は脇本陣)で、外壁の上部には竹の模様が描かれています。この本陣は「海道第一の大家」とも言われていました。街道に面した入口には、駕籠や荷物が運び込まれ、本陣前の賑わいが伝わってくるようです。 手前の女性は、振り袖姿で横笛を吹いています。その豪奢な装いから、この女性が上方の裕福な家柄の子女であると推し量れます。 |
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関連資料 | 五拾三次景色入女画 ![]() |
歌川 国貞(三代 豊国) (うたがわ・くにさだ(さんだい とよくに))
天明6年~元治元年12月15日(1786~1864)。角田氏、俗称庄蔵、弘化2年剃髪後肖造。初代豊国、英一珪の門人で二代豊国を自称しますが実際には三代。他に一雄斎、五渡亭、月波楼、琴雷舎、香蝶楼、一陽斎などの号があります。作画期は文化4年(1807年)から没年と長く、北斎、広重をしのぐ人気を得、浮世絵界始まって以来の作画量を記録します。幕末期随一の巨匠。得意とする領域は広範に及びますが、猫背猪首型の美人画が特徴的で「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」が著名です。