資料番号 | 10010 |
資料名 | 題名不詳(江の島風景)
(えのしまふうけい) |
分類 | 七里ヶ浜から遠景に江の島を描いた作品 |
作者 | 葛飾 北斎 ![]() |
時代 | 江戸 |
形態・用途 | 書画 |
場所 | 江の島 |
解説 | |
半切横1枚 縦13.6 横17.3 制作時期:寛政(1789~1801)末頃。板元印なし 本作では水平線がやや低く、空が広く描かれています。北斎はこのような洋風表現を用いた風景画を複数描いていており、人物が黒いシルエットで表現されているところなど銅版画からの影響が色濃くうかがえます。 波の頂の部分などに繊細な空摺(からず)り(凹凸で形が表現される摺りの技巧)が施され、画面の縁取りに模様が見られるなどの工夫がみられます。画面右手には横文字風に入れた書体で「ほくさいえかく(北斎描く)」と書かれています。 月の屋成丈の狂歌入りで、「みさかなの蚫ささえをとる海士の水いらすにて祝ふとそ酒」となっています。北斎の洋風表現は彼の若き修業時代の春朗名の頃から顕著に見られ、その傾向は生涯にわたっています。その代表的作品には「日本境田中見之図」や「羽田弁天之図」などがありますが、この江の島と七里ガ浜を描いた図は洋画を意識しています。このことは画面右手上に横文字風に入れた書体でも分りますし、また絵のまわりを額のように縁どっていることでもそれがいえます。また正確な遠近表現と大胆なもののとらえ方は、一種独特の雰囲気をかもし出しています。そして七里ガ浜づたいに江の島へ三々五々向う人物が、すべて影として描かれているのも何か暗示しているようで興味深く、また波の部分には空摺り(からずり)も使用されていて、きめの細かい作品となっています。 |
葛飾 北斎 (かつしか・ほくさい)
宝暦10年~嘉永2年4月18日(1760~1849)。幼名は時太郎のち鉄蔵と改名。画号は多く、改名した数は30を越え、春朗、可候、画狂人、丸々蜃、前北斎爲一、爲一、卍等があります。勝川春章の門人で狩野融川、堤等琳、柱吉弘行などに学んだといわれ、門人には北馬、北渓、北寿、辰斎などがいます。作画期は安永8年から没年(1779-1849年)までです。彼の作域は広く、浮世絵というジャンルだけでは捉えられない活躍をしています。