資料番号 | 10030 |
資料名 | 不二三十六景 相模七里が浜風波
(ふじさんじゅうろっけいさがみしちりがはまかぜなみ) |
分類 | 七里ヶ浜から遠景に江の島を描いた作品 |
作者 | 歌川 広重 ![]() |
時代 | 江戸 |
時代詳細 | 嘉永5年(1834) |
形態・用途 | 書画 |
場所 | 江の島 |
解説 | |
中判横1枚 17.1 24.8 制作時期:嘉永5年(1834)12月。板元:佐野喜 36枚揃のうち1枚で、波高く風吹き荒れる七里ガ浜から波間に見え隠れする、小動(こゆるぎ)と江の島とに挟まれて見える白い雪化粧の富士が描かれています。波高く泡立つ海と対称的に静的な富士、上空はほんのりと紅色に染まり鳥の群れが飛んでいます。七里ガ浜も稲村ガ崎あたりから見た風景でしょうか、広重の視点はあくまでも低く浪の高さを強調しています。広重の富士をテーマとした作品には安政6年(1859年)刊の最晩年作「冨士三十六景」があります。(除く団扇絵) |
歌川 広重 (うたがわ・ひろしげ)
寛政9年~安政5年9月6日(1799~1858)。安藤氏。幼名徳太郎。のちに重右衛門、徳兵衛。歌川豊広の門人で、他に狩野派、南画、四条派の画法も修得しています。作画期は文政元年頃から没年まで(1818-1858年)で広重の他一遊斎(文政元年~天保元年頃)、幽斎(天保1,2年頃)、一立斎(天保3年~13年頃〉、立斎(天保13年~安政5年頃)、歌重(天保末)などの画号があります。初めは歌川派の美人画、役者絵、武者絵を描いていましたが、天保年間より風景画家の道を歩み、著名な東海道五拾三次をはじめ多くの名所絵を発表し、花鳥画、動物画なども手がけました。