資料番号 | 10036 |
資料名 | 本朝名所 相州江ノ嶋岩屋之図
(ほんちょうめいしょそうしゅうえのしまいわやのず) |
分類 | 江の島を岩屋側から描いた作品 |
作者 | 歌川 広重 ![]() |
時代 | 江戸 |
形態・用途 | 書画 |
場所 | 江の島 |
解説 | |
大判横1枚 縦21.1 横34.5 制作時期:天保3年(1832)。板元:藤岡屋彦太郎、 松原堂 この本朝名所シリーズも全部で15点あり、1「天橋立」、2「遠州秋葉山」、3「大阪天保山」、4「薩摩富士」、5「三州鳳来寺行者越」、6「信州更科田毎之月」、7「駿州清見が関」、8「駿州冨士川渡船之図」、9「摂州住吉出見之浜」、10「摂州布引之滝」、11「相州江ノ鳴岩屋之図」、12「相州七里ヶ浜」、13「箱根湯治場之図」、14「播州舞子之浜」、15「武州金沢八景」です。制作年代には多少のずれがあり、この作品は天保3年頃の作とされています。この作品は中でも出色の一つとされ、岩屋にいる人物に襲いかかろうとする大波が、大胆でダイナミックな構図の中心をなしています。事実、岩屋へ向う道は大波のためにしばしば通行止めになったといわれます。また、これと色ちがいの作品も存在しています。 |
歌川 広重 (うたがわ・ひろしげ)
寛政9年~安政5年9月6日(1799~1858)。安藤氏。幼名徳太郎。のちに重右衛門、徳兵衛。歌川豊広の門人で、他に狩野派、南画、四条派の画法も修得しています。作画期は文政元年頃から没年まで(1818-1858年)で広重の他一遊斎(文政元年~天保元年頃)、幽斎(天保1,2年頃)、一立斎(天保3年~13年頃〉、立斎(天保13年~安政5年頃)、歌重(天保末)などの画号があります。初めは歌川派の美人画、役者絵、武者絵を描いていましたが、天保年間より風景画家の道を歩み、著名な東海道五拾三次をはじめ多くの名所絵を発表し、花鳥画、動物画なども手がけました。