資料番号 | 10038 |
資料名 | 東海道之内江之嶋路片瀬自七面山見浜辺
(とうかいどうのうちえのしまみちかたせしちめんざんよりはまべをみる) |
分類 | 江の島そのものを主題とした作品 |
作者 | 歌川 広重 ![]() |
時代 | 江戸 |
時代詳細 | 天保5年(1834)頃 |
形態・用途 | 書画 |
場所 | 江の島 |
解説 | |
大判横1枚 縦22.6 横35.6 制作時期:天保5年(1834)頃。板元印なし 本作は今回のテーマ からはずれますが、片瀬(かたせ)から見た江の島を描いた風景です。(本シリーズは現在2点のみ確認されています)構図としては、江の島を高い視点から見おろすように捉え、前景に七面山(しちめんざん)、中景(ちゅうけい)に龍口寺(りゅうこうじ)の門前にある家々を配置し、正面には潮の引いた道を江の島へ向う人々が点のように描かれています。 片瀬(かたせ)は江の島に直面する陸地の部分ですが、このように画題として取り上げられるものはあまりなく、珍しい図柄の作品と言えるでしょう。画題にある七面山(しちめんざん)は旅人が休息している左手の山で、日蓮宗龍口寺(にちれんしゅうりゅうこうじ)の裏山にあたります。 この作品はシリーズものとして出版する予定であったらしいのですが、2回しか完成していません。もう一つは「東海道之内江之嶋路七里ヶ浜江ノ嶋遠望」です。画題には片瀬とあり、片瀬は江の島に直面する陸地の部分ですから、江の島を描けば当然その一部は浮世絵に出てきますが、このように画題として取り上げられるものは少ないようです。そして七面山(しちめんざん)から見た図であると画題にあるとおり、構図では旅人が休息している左手の山の部分がそれに該当します。七面山は日蓮宗龍口寺の裏山で、龍口寺は今でも広い境内と敷地がありますが、日蓮ゆかりの地でもあります。図柄としても他の浮世絵とは違っていて、江の島を高い視点から見おろすように捉え、前景に七面山、中景に龍口寺の門前にある家々を配置していて、ちょうど正面には潮の引いた道を江の島へ向う人々が点のように描かれています。 |
歌川 広重 (うたがわ・ひろしげ)
寛政9年~安政5年9月6日(1799~1858)。安藤氏。幼名徳太郎。のちに重右衛門、徳兵衛。歌川豊広の門人で、他に狩野派、南画、四条派の画法も修得しています。作画期は文政元年頃から没年まで(1818-1858年)で広重の他一遊斎(文政元年~天保元年頃)、幽斎(天保1,2年頃)、一立斎(天保3年~13年頃〉、立斎(天保13年~安政5年頃)、歌重(天保末)などの画号があります。初めは歌川派の美人画、役者絵、武者絵を描いていましたが、天保年間より風景画家の道を歩み、著名な東海道五拾三次をはじめ多くの名所絵を発表し、花鳥画、動物画なども手がけました。